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岡山地方裁判所 平成4年(ワ)686号 判決

原告

鈴木涼子

右法定代理人親権者父

鈴木日出生

右法定代理人親権者母

鈴木直美

右訴訟代理人弁護士

山脇章成

被告

三幸実業株式会社

右代表者代表取締役

中山恵之

右訴訟代理人弁護士

高橋裕

被告

三菱電機ビルテクノサービス株式会社

右代表者代表取締役

坂田邦壽

右訴訟代理人弁護士

森谷正秀

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告に対し、金四三二万〇三五五円及び内金四〇二万〇三五五円に対する被告三幸実業株式会社(以下、被告三幸実業という)は平成三年一一月二八日から、被告三菱電機ビルテクノサービス株式会社(以下、被告三菱テクノという)は平成四年一〇月九日から、各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

平成二年一二月二三日午後五時三〇分頃、岡山市中央町〈番地略〉所在の中山第二〇岡山ビル(以下、本件ビルという)一階ロビー付近で、近所の子らと遊んでいた原告が、作動中の同ビル設置のエスカレーター(以下、本件エスカレーターという)に乗ってはしゃいでいたところ、本件エスカレーター七段目から九段目にかけて危険防止のために吊り下げ設置されている別紙図面記載のプラスチック製の三角部ガード板(以下、単に三角部ガード板という)が脱落していた結果、本件エスカレーターに乗り、その右側に頭を出していた原告が、本件エスカレーターの手すりと同ビルの天井との間にその頭を挾まれ、天井部分で左顔面左眼付近に裂傷を負った。

2  責任原因

(1) 被告三幸実業

本件エスカレーター利用者の危険防止の目的で吊り下げ設置されている三角部ガード板が脱落していた結果、前記の経緯で原告が傷害を負ったのであるから、工作物の本件エスカレーターの設置または保存に瑕疵があったものである。

しかして、被告三幸実業は本件ビルを所有し、有限会社エイコー産業(以下、エイコー産業という)に管理させている間接占有者であるが、エイコー産業の親会社で、そのビル管理業務を指導監督できる立場にあり、本件ビルの修理義務を負うものであるから、間接占有者であるが民法七一七条一項前段により原告の損害の賠償責任がある。

仮に、占有者が損害発生の防止に必要な注意をしたとしても、被告三幸実業は本件ビルの所有者であるから民法七一七条一項後段により、原告の損害の賠償責任がある。

(2) 被告三菱テクノ

① 被告三菱テクノは、親会社である三菱電気株式会社の製造したエスカレーター等の販売等を業とするものであるから、製造物販売業者として、買主の被告三幸実業に対し、信義則上、安全配慮義務を負担しているところ、製造物に欠陥があるために利用者に損害が発生した場合の安全配慮義務違反に基づく債務不履行責任は、信義則上、その製造物の使用等が合理的に予想される者に対しても及ぶものというべきである。

② 被告三菱テクノは、エイコー産業との間で本件エスカレーターの保守点検契約を締結し、その保守点検により、本件エスカレーターの安全運行に不可欠の三角部ガード板が脱落する等の安全性に問題が発生した際は、契約当事者に対して、利用者の安全を確保する措置を講ずる契約上の義務を負担しているところ、その義務は目的物の使用等が通常、合理的に予想される者に対しても及ぶものというべきである。

③ 被告三菱テクノは、前記のとおり、本件エスカレーターの保守点検を契約上負担しているところ、このような高度の専門的知識を有する者の管理を要する工作物であるエスカレーターの場合には、民法七一七条の規定の趣旨からして、専門家の同被告も同条の工作物の占有者というべきである。

④ 被告三菱テクノは、本件事故前の平成二年一二月一七日に、本件エスカレーターの三角部ガード板が脱落していることを発見したのであるから、直ちに代替品を取付ける等の危険防止措置を講じないと、子供らがエスカレーターで遊び、不測の事故が発生する可能性があることを、専門家として予見すべき義務があったというべきであるから、直ちに防護措置を講じ或いは防護措置の設置を強く勧告し、或いは安全確認の見通しがつくまで運転を停止すべき注意義務があるのに、エイコー産業の社員に対してダンボールでもつけて下さいと進言しただけで、それ以上、第三者から代替品を借用して取付けるとか、自らダンボールなどを取付けるとか、或いは一時、運転を停止する等の適宜の処置を講じなかった過失がある。

3  治療経過と後遺障害

(1) 川崎医科大学付属川崎病院に左記のとおり通院した。

① 平成二年一二月二三、二四、二六、二八、三〇日

一二月二三日(事故当日)に一四針縫合した。

② 平成三年一月四日、一八日、二月一八、二五日、四月二二日、五月二〇、二七日、六月七日

(2) 平成三年四月二二日、医師から症状固定と診断され二八ミリの線状瘢痕が残っていたが、原告は満八才であり、成長につれて右瘢痕は三〇ミリを超えるものとされていたところ、平成四年五月二六日現在で長さ三七ミリの白色瘢痕となった。

4  損害

合計四三二万〇三五五円

(1) 治療関係費 計五万九二四〇円

① 治療費 一万四二四〇円

② 通院付添費 四万五〇〇〇円

一回当たり三〇〇〇円が相当であり、その一五日分

(2) 逸失利益 一四九万一〇九五円

原告は満八才の女児であるが、本件事故のため女性として最も目立つ顔面左眼付近の線状瘢痕は、平成四年五月二六日現在で白色瘢痕となり、長さ三七ミリとなっているうえ、将来成長につれて拡大する可能性が大であるところ、顔面醜状は女子の場合は就業の場を制限され、少なくとも満一八才から四八才までの三〇年間は、一四パーセントの労働能力を失うものというべきである。

従って、逸失利益の現価は左記計算式のとおり、掲記の金額となる。

一六六七四〇〇円(昭和六三年度女子労働者初任給による年間所得)×0.14×{(18.0771‐6.4632)‐(11.6895‐6.4632)}

(3) 慰謝料 二四七万円

① 通院分 三〇万円

② 後遺障害分 二一七万円

5  弁護士費用 三〇万円

6  結び

原告は被告ら各自に対し、損害金四三二万〇三五五円及び弁護士費用を除く内金四〇二万〇三五五円に対する訴状送達の翌日の被告三幸実業は平成三年一一月二八日から、被告三菱テクノは平成四年一〇月九日から、各完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因の認否

被告三幸実業

1  1の事実は不知

2(1)  2の(1)の事実中、被告三幸実業が本件ビルを所有し、エイコー産業に管理させている間接占有者であること、被告三幸実業がエイコー産業の親会社であることは認めるが、その余は争う。

(2) 占有者は、その責任が認められる根拠、即ち、「工作物を事実上支配し、その瑕疵の修補が可能で損害発生を防止できる立場にある者」からして、直接占有者に限定されるべきものである。

(3) 本件事故は、原告が通常のエスカレーターの利用方法と異なり、殊更に本件事故発生の原因となるような乗り方をしていたために発生したものであるから、工作物の設置又は保存に関する瑕疵と原告の傷害との間には相当因果関係がない。

3  3の事実は不知

4(1)  4の事実は争う。

(2) なお、原告は事故当時満八才の女児であり、将来職業に就くか否か、就くとしてもいかなる職業に就くか不明であり、線状瘢痕のない場合に比して将来の収入減少の蓋然性があると判断できないし、幼児の時の線状瘢痕は成長につれて瘢痕が消失したり、色が薄くなることもあることは公知の事実であり、本件について、時間の経過と共に多少目立たなくなる可能性がある旨の医師の意見書もある。

従って、逸失利益は原告に発生していないし、慰謝料も、瘢痕が左眼瞼部の周り一か所に線状にあることや、色素沈着のないものであり、原告本人もちょっと気になる程度のもので、将来目立たなくなる可能性を考慮すると、精神的苦痛はそれほど大きくはないと考えられる。

5  5の事実は争う。

被告三菱テクノ

1  1の事実は不知。

2  2の(2)の事実中、被告三菱テクノがエイコー産業との間で本件エスカレーターの保守点検契約を締結していることは認めるが、その余は争う。

なお、被告三菱テクノは本件エスカレーターを販売していないし、また三角部ガード板の設置はエスカレーター自体に関することではなく、エスカレーター周辺の開口部に関することで、建屋側が施工するものである。

また、被告三菱テクノがエイコー産業との間で締結している前記保守点検契約の範囲は、三角部ガード板の有無の点検までであり、その供給までは契約の範囲に含まれていないのであり、そして被告三菱テクノは、点検の結果三角部ガード板が脱落しているためエイコー産業にその旨報告の結果、同社から発注を受けたので、納入期限を年内と指定し、そのとおり年内に納品しているのである。

なお、被告三幸実業の前記2の(3)の主張を援用する。

3  3の事実は不知。

4  4の事実は不知。

なお、被告三幸実業の前記4の(2)の主張を援用する。

5  5の事実は争う。

三  抗弁

過失相殺(全被告)

1  原告は事故当時小学校一年生であり、事故回避のために必要な注意能力を有していたところ、本件ビルは飲食店がテナントとして多数入居しているビルであり、本来子供が遊びに行くことのない場所であり、両親からも危険だから遊ばないように再三注意されていたのに、そこで遊んだこと、そして原告は当時本件エスカレーターの手すりから顔をかなり外に出していたことが窺われるのであって、通常の利用方法と異なり、遊具として殊更に危険な乗り方をしていたものである。

2  監督義務者の過失

本件ビルが所在する地域は飲食店が多数存する岡山有数の飲食街であるから、このような場所で子供を遊ばせる監督義務者は、子供の動静に常に注意し、危険な場所に近づいたり、危険な遊びをしないように配慮すべき義務があるところ、原告の両親はこれを怠ったのである。

3  以上のとおり、原告側には極めて重大な過失があるから、少なくとも八割の過失相殺がなされるべきものである。

四  抗弁の認否

争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一事故の発生

〈書証番号略〉、証人槙井秀一、同天野清美の各証言、原告法定代理人鈴木直美尋問の結果(第一回)、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、次のような事実が認められる。

原告は小学校一年生であった平成二年一二月二三日午後五時三〇分頃、五名位の友人と共に、自宅近くにあるスナック等が多数入居する一〇階建の本件ビル(岡山市中央町〈番地略〉所在の中山第二〇ビル岡山)の一階から二階に上がる光電式−人がステップに立つと光線を遮り、一分間自動的に作動する方式−で作動する本件エスカレーターに乗って遊んでいたが、二階に上がる本件エスカレーターの右側手すりの上に自己の顔面の左側を載せたような姿勢で、手すりの外側に自己の頭部を突き出し、建物の天井方向のライトを見上げていた際、エスカレーターの上昇につれて、原告の顔面が、エスカレーターと建物の天井部分との交差部分に接近していたところ、当時右交差部分の手前にできる鋭角の空間部分に接近していることを利用者に警告して、そこに身体等が挾まれる等の事故防止の目的で建物上部から吊り下げ設置されているプラスチック製の三角部ガード板が脱落していたことから、原告は前記鋭角の空間部分に接近していることに気付かず、建物の天井部分と本件エスカレーターとの間に自己の左眼付近を挾まれた結果、左眼瞼部に裂傷を負った。

二責任原因

1  前記のとおり、原告は本件エスカレーターを遊具として遊んでいたもので、その本来の用途に従った利用をしていなかったものではあるが、本件エスカレーターの利用者の安全を図るために設置されている前記三角部ガード板が脱落しており、それが本件事故の一因になっているのであるから、本件エスカレーターには利用者の安全を確保するために通常有すべき設備が欠けていたものというべきである。

しかして、本件エスカレーターが設置されている本件ビルは被告三幸実業の所有であり、子会社のエイコー産業が管理を委託されているものであり、被告三菱テクノがエイコー産業との間で本件エスカレーターの保守点検契約を締結していたことは争いがなく、右争いのない事実に、〈書証番号略〉、証人槙井秀一、同近藤政敏、同天野清美の各証言、弁論の全趣旨によると本件事故当時、エイコー産業は被告三幸実業から同被告所有にかかる本件ビルを含む多数のビルの管理を委託されている子会社であるが、本件事故後の平成三年一一月一五日に休業するまでの間、岡山市内に事務所を構え、数名の従業員を擁していたものであり、そして被告三幸実業から管理を委託されたビルの中の本件ビルの管理業務の一環として、本件エスカレーターの修理を除く保守点検を被告三菱テクノに委託し、その経費を負担していたものであり、本件事故前の一二月一四日に点検した結果、本件エスカレーターの三角部ガード板が脱落していることを発見した被告三菱テクノの担当者から、その旨の報告を受けて同被告にその補充を依頼し、一二月二六日にその補充を受けていたこと等の事情に徴すると、エイコー産業は被告三幸実業の子会社ではあるが、本件エスカレーターを含む本件ビルの管理を独自に処理していたものと認められる。

しかして、被告三幸実業は本件ビルの管理をエイコー産業に委託している間接占有者であるところ、間接占有者も民法七一七条一項の占有者に含まれるとしても、前記のようにエイコー産業が親会社の被告三幸実業とは別個独立の人的組織と物的施設を擁して本件ビルの管理業務を処理していたことに徴すると、同条の定める責任の根拠に照らして、被告三幸実業が民法七一七条一項の損害賠償責任を負担すべき間接占有者に当たるものと認めることはできないといわざるを得ない。

原告法定代理人鈴木直美尋問の結果(第二回)によっても、未だ前認定を動かすに由なく、他にこの認定を覆す的確な証拠はない。

以上によると、被告三幸実業に所有者としての責任があるということができないことは明らかである。

2  被告三菱テクノの責任について検討する。

〈書証番号略〉、証人近藤政敏の証言によると、被告三菱テクノは本件エスカレーターを販売したものではなく、単に本件ビル管理者のエイコー産業から本件エスカレーターの保守点検のみを委託されていたものであって、右契約の範囲には修理は含まれず、しかも三角部ガード板はエスカレーターの付属品ではなく、建屋の設備であることからすると、原告において被告三菱テクノの責任原因と主張する請求原因2の(2)の①ないし③の主張は理由がないというべきである。

また、本件事故は、原告が、前認定のように、多数のスナックやクラブ等が入居する本件ビルに設置され、かつ光電式で作動する本件エスカレーターを遊具として利用し、しかも通常の利用の方法と異なる前記のような手すりから外側に身を乗り出すような危険な乗り方をしていたために発生した事故であるところ、本件事故の前に、被告三菱テクノにおいて本件のような事故の発生や、子供たちが原告のような危険な利用をしていること等の情報に接していた証拠もない本件の場合、被告三菱テクノとしては、点検の結果三角部ガード板の脱落を委託者のエイコー産業に報告して、同社に善処を求めたことで、その義務は尽くされているというべきであり、それ以上、管理者のエイコー産業を差し置いて独立に、本件エスカレーター利用者のために事故回避のための措置をとるべき義務までも負担しているものと、たやすくいうことはできないというべきである。

三以上の次第で、原告の本件各請求は、被告らに本件事故についての責任原因があるということができないのであるから、この点で既に理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官三島昱夫)

別紙図面〈省略〉

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